弁護士紹介

ご挨拶にかえて

ある会社の幹部のクライアントが、その会社が直面してしまった「問題」について、事の顛末をおまとめになり、それにもとづくご質問を5個くらい、あらかじめご用意された上で、相談においでになりました。錯綜した事案のようでしたので、私は、即答はできないことについてご了解を戴き、しばらく一人であれこれ考えを進めてみました。すると、いつとはなしに「問題」のいわば本質が見えてくるようになりました。その本質からすると、クライアントの問題の要約は、間違っている訳ではありませんが、解決という観点からすると見当違いのもので、そこから組み立てられたご質問も、的外れなものでしかなく、これらに正面から答えていくことには意味がなく、かえって混迷の度が深くなるだけだということが分ってきました。

そこで、私は、クライアントにおいで戴き、私の言葉で「問題」を総括し、クライアントが疑問をお持ちになりそうな論点について、私の考えをご説明しました。

私は、「クライアントのために専門家としての仕事をする」というのは、こういうことなのだと考えています。ひとりよがりや押し付けにならないように気をつけながらではありますが、私は、いつも「専門家」であることを忘れずに、クライアントが直面してしまった問題に対処することを心掛けております。

経歴

昭和28年7月22日、東京都文京区に生まれました。

昭和51年3月に東京大学経済学部を卒業し、そのまま、同大学院経済学研究科に進学しました。大学院には、昭和55年3月まで在籍し、博士課程で中退しました。

昭和54年10月に司法試験に合格し、昭和57年3月に司法修習を終了し、4月に第二東京弁護士会に登録し、アンダーソン・毛利・ラビノヴィッツ法律事務所にアソシエイトとして入所しました。

初めての事務所で仕事をしていく中で、私は、法律意見書の書き方など、初歩的ですが重要なことを、たくさん学ばせて戴きました。この事務所には、4年近く在籍したのですが、結局退所し、昭和61年1月に古田・羽鳥法律事務所に参加し、平成3年9月に本当の意味で独立して羽鳥法律事務所を開設しました。

もっとも、退所後かなりの期間、単発的な仕事か類型的な仕事がほとんどでした。類型的ということをもっと具体的に申し上げれば、当時、私が数多く手掛けさせて戴いたのは、交通事故の示談代行と自動車の引き揚げの仮処分でした。こうした事件は、何件体験してみたところで、事件としては多様性のあるものではありません。しかし、相手方が、年齢も、性別も、職業も、あらゆる点において本当に多種多様な方々でした。そこで、こうした事件を取扱った経験は、結果的には、社会を構成しているほとんどあらゆるタイプの方々と接点を持たせて戴くという、得がたい体験の積み重ねの場となりました。

その後は、徐々に仕事の領域も広がり、今は、上場、非上場を問わず多くの顧問先企業の案件を中心にして、日々仕事にいそしんでおります。